「日本の製品は過剰品質なのでコストが高くなり、グローバルで売るのが難しい」といった主張を聞いたことはないでしょうか。
このような主張がなされるとき、本当に現状を憂えている場合もあれば、「日本製品の品質の高さ」をどこか誇っているようなこともあります。
それでは、「過剰品質」とは何を指すのでしょうか。
品質特性と顧客価値
JaSST'24 北海道の発表資料*1で、当日言及できなかったスライドを、Twitterに放流してみました。
JaSST北海道では言及する時間のなかった、「過剰品質」についてのスライドの供養。
日本企業が過剰品質を自嘲する時、「当たり前品質」を頑張り過ぎる➋を言っているつもりが、実は「当たり前品質」も上がっていない➊になっていないか?というのが言いたかったことでした。
かけた労力に対して、品質*2や顧客価値がどう変化するかでマトリクスを作ってみましょう。
価値 → 品質 ↓ |
上がっている | 上がっていない |
---|---|---|
上がっている | 理想的な状態 | ②自己満足 |
上がっていない | ありえない? | ➀完全な無駄 |
おそらく、本来の意味の「過剰品質」は、②を指すのではないでしょうか。労力をかけて、製品を「良く」した、けれど顧客のうれしさにつながっていないと。
ただこれは、「顧客を見る・知る」ことで解決すべき、前向きな課題に思えます。
一方➀は、技術力の問題に帰着するかもしれません。
「テストケースは多いほど正義」「理由はわからないが、過去のリグレッションテストは決して減らすことができない」、こういった意識が根付いていて、「効果的なテスト」を追求する意志がないと、➀につながっていくのではないでしょうか?
自社ビジネス価値
上のツイに対し、こんなコメントをいただきました。
あとは、③として、品質も価値もあがってるがビジネスになってないというのもありそう。
耐久性上がって買い替えサイクルが長くなるとか、著しく人に依存した職人芸とか
これにはハッとさせられました。十分な時間をかけて品質を上げ、顧客も大喜び、でも自社は全然投資回収できていない・・。これでは本末転倒ですよね。
とくさんの例はすごくわかりやすいです。
「耐久性が上がる」、つまり品質が上がった、顧客も大喜び、しかし買い替えが起こらなくなるために、長期的には自社の首を絞めてしまう・・。
過去、某メーカーの何とかタイマーという都市伝説がありましたが、「あえて耐久性を制限する」(=品質も価値も下げる)ことで、自社ビジネスの継続性を担保する、その代わりの他の品質特性で圧倒的な価値を与えるという戦略もあるのかもしれません。倫理とのバランスはあると思いますが・・。
ともあれ、自社にとってのビジネス価値。
言われてみれば当たり前ですが、「品質特性」「顧客価値」の2軸マトリクスで網羅した気になっていると見落としてしまう、大事な観点だと思いました。
他社ビジネス価値
ついでに、JaSST'24 TokyoでのGojko Adzicさんの基調講演で提示されたこの絵のことも思い出しました。
見ての通りこれは、マズローの欲求5段階のオマージュで、下の方から順に満たされていくというモデルです。
第1階層は「デプロイできる、機能がまとも」ということで、本当に「最低限」です。マズローでいうところの「生理的欲求」に対応しています。
第2階層は「性能が出て、セキュアである」。マズローの「安全欲求」に何となく対応しているのが面白いところです。
第3階層は「使うことができる」。ここまできてようやく、製品としてまともになってきますね。
第4階層で「有用である」となってきます。SQuaREでいうところの「製品品質」から「利用時の品質」にシフトしている感じもあります。ただ、「製品」と「利用者」に閉じた話にも見えます。
第5階層はそれを飛び出し、その製品の利用を通じて「組織として成功しているか」*3に注目しています。利用者が製品を喜んで使っていたからといって、それがビジネスとしての利益に結びついていないなら、まだ道半ばということですね。これも、過剰品質の話につながってきそうです。
まとめ
過剰品質話は誰も得をしないので、「どんな価値につなげるために何をがんばるのか」は意識しておきたいところです。
また「自社あるいは他社が利益を得られるか」となると、(狭義の)品質からは話が飛び出してしまいますが、QAたるもの、こういう視点も持っていたいものですね。勝手に勉強になりました。
*1:元資料はコチラです。 speakerdeck.com
*2:本稿でいう「品質」とは、品質全体を構成する各品質特性のことです。たとえば、性能とか、使い勝手とか。
*3:講演と聴いた時には、「製品開発側の自組織が、その製品の提供によって成功しているか」という話に聴こえたのですが、ご本人のブログ記事を読む限りでは違うようです。 gojko.net