「噛めば噛むほど味が出るスルメのような」 という比喩は、しばしば書籍にも用いられます。最初に読んだ時にはすっと通り過ぎてしまったけれど、少し経験を積んで読み直してみると、「この何気ない一言は、そういうことだったのか!」 と合点してしまうような本です。
なぜ、そのような本が生まれるのか。
それは、その本の記述が、「ネットで調べたことをまとめてみました!」ではなく、徹底した実践と経験に裏付けられているからでしょう。そのため、読む側の経験値が増えると、著者の意図がストレートに伝わってきて、その経験を追体験できるのです。
2025年6月、井芹洋輝(@goyoki)さんの『ソフトウェアテスト徹底指南書』が、満を持して発売されました。 本書はまさに、スルメのような本です。しかも、口には入りきらない、でっかいスルメです。
モノの重さは、体積と密度をかければ求まります。どちらかでも大きければ、重くなります。
『指南書』は、両方大きい。文章量がまず膨大で、そこに詰め込まれた情報密度も濃い。よってこの本は読者に、しんどい読書体験をもたらします。何せ、安易に読み流させてくれない。1行1行に血肉が詰まっています。冗長な部分、不要な部分は、井芹さんの几帳面さをもって丁寧に排除されています。使い古された言葉ですが 「筋肉質」 であり、レントゲン写真を撮る際に身にまとう鉛の防護エプロンのようです。
一人の人間が、これだけの知識を得、実践し、自分の言葉として練り上げるにはどれだけの努力が必要なのか。凡人たるわたしにはとても想像がつきません。
「QAエンジニア」 という言葉が広がるにつれて残念ながら、「テスト技術」を軽視する、正面から取り組むことを避けるような言説も目にするようになりました。「QAエンジニアの仕事はテストだけではない」は真。でもそこから「よって、テストの話をしてもしょうがない」というのは真ではないでしょう。そう思っていたところに、この本を産み落としてくれたことに、感謝しかありません。
‥ さて、エモに入りすぎたので、もうちょっと具体的に書いていきましょう。
本書の好きなところ
わたしが本書の長所と思う点を3つ、挙げてみます。
テストを礼賛しない
P.10のタイトル、いきなりコレです。
ソフトウェアテストは本質的に制約だらけで力不足
ここに、著者のスタンスが詰まっていると思います。
テストには長年の知見の蓄積があり、学ぶべきことは多い。しかしそれでもなお、全然、力が足りてない。
ひるがえって、だからこそ、テスト以外の部分と補完し合って品質を創り上げていく必要がある、としています。
そのため本書には、「テスト以外のところでどのように品質を積み上げるか」 という記述が豊富にあります。それは設計や実装のこともあれば、チームやそれ以外のステークホルダーとの協働のこともあります。「力不足」だからこそ、「テスト以外」にも積極的に言及していく。これは本書の大きな特徴です。
メリットとデメリットを併記する
テストにはいろいろなプラクティス・技法がありますが、それぞれにメリットとデメリットがあります。本書は、デメリットの説明にしっかりとスペースを割いています。実践しているからこそ得られる知恵と言えるでしょう。「バッドプラクティス」の節も充実しています。
また、旧弊的で形骸化した品質保証部門への警告を発しながらも、「古いから悪い」というスタンスではありません。蓄積されてきた知に敬意を払いつつ、モダンな開発への適用を考えていくという、バランスの取れた記述になっています。
具体例を通じて理解を促進する
抽象的な記述に対してはかならず、「たとえば」と具体例を出すのを心掛けているのがわかります。抽象的に「ああすべき」「こうすべき」だけ書かれても、読者の意識には残りません。実践を通じて得られた具体例を付すことで、読者の理解が進みます。 また挙げられる例も、組込み系、Webサービス、スマホアプリなど、バランスよく取り上げているように感じられます。
この3つの特徴はすべて、「文章量を増やす」 ことにつながります。それは著者にとっても出版社にとっても厳しい選択だと思います。テストのトピックのみを扱い、良い点ばかりを書き、抽象的な記述に終始していれば、書くのはもう少し楽でしょうし、フォントも行間も大きくて手に取ってもらいやすい本にできるでしょうから。
でも、そうしない。そうしなかった部分がそのまま、わたしにとってのこの本の大きな価値です。
誰にオススメするか
以上のような特徴を持つ本だからこそ、気軽に 「この本は誰にでもお勧めできます!」 言いたくないのですよ。テストの世界に親しんでいない人が真正面から突破しようとすると、その情報濃度に圧倒されてしまいかねないためです。
たとえば、こんな読み方がいいのではないでしょうか。
テストの世界をこれから知ろうとしている方は‥
- 先に、より入門的な本でソフトウェアテストの全体観を把握する
- 本書で、特に興味のある部分から粗読していく
- 隣接する章に手を伸ばしていく
ただし、知りたいトピックがすでに明確になっているなら、2から始めても問題ありません。
また、「この本がそばにあれば、テストのことを調べたいときにすぐに調べられる」という安心感はデカいです。とりあえず買っておく、はアリです(笑)。
テストの世界にすでに入っている方は‥
- 本書全体を粗読する
- 一番気になっている部分から精読する
- チームに持ち帰って議論する
おそらく、3はかなり盛り上がると思います。小さい章でも、得られる情報量はデカいので‥。
最後に
「安易に読み流させてくれない」と書きましたが、実はわたしはまだ全体を「読み流」ししただけの状況です‥。ですが今後、この本を文字通り「座右」に置き、事あるごとに精読を進め、井芹さんの血肉を自分にも取り込んでいきたいと思います。
ステマ的になるのを避けるため最後に書いておくと、わたしは本書のレビューに参加させていただき、本書もご恵投いただきました。
レビュー期間に見ていたテキストから大きく印象の変わっている部分もあり、レビュー後も大変な労力を注ぎ込んで、書籍としての品質を向上させたことが伺われます。
井芹さんのこの大作にわずかでも貢献できたことは、わたしにとって大きな誉れです。
どうもありがとうございました。
