JaSST'24 Tokyoに参加して感じたことの一つに、「顧客に素早く価値を届けるために・・」という表現の発生頻度の高さがあります。特定の発表を批判したり、揶揄したりする意図はありません。この表現が決まり文句的に使われているために、その言葉の意味を考えずにいることを自覚したのでした。
「品質」と「価値」は何が違うのか。
みなさんからいただいたコメントも踏まえて、少し考えてみました。
先にイイワケしておくと、
- 過去の偉人の議論とか、論文とか、規格における定義とかはほぼ参照していません
- 特に明確な結論もありません、頭の体操にすぎません
ので、ご承知おきください。もちろん、「価値という言葉を使うな」という主張でもありません。
1. 価値・品質 同一説
過去幾度となく引用されたであろうG. M. Weinbergの定義、
品質は誰かにとっての価値である。
を単純に受け取ると、「品質=価値」とも読めます。
身も蓋もない言い方をすると、2つの言葉に明確な意味の差はない。ないけれど、何となく目新しい響きもあり、好んで使われるようになったという説です。
面白いなと思ったのが山崎先生のこのご意見。
それに対して「価値向上」あるいは「魅力品質向上」というような言葉を使うと,攻めのイメージで,それによって購買者に訴求し,売り上げが増えるイメージを伴っていると思います.
— Susumu Yamazaki (ZACKY) (@zacky1972) 2024年3月16日
確かに、テスト・品質保証という言葉に、「守り」とか「最後の門番」の印象を持つ人も多いでしょう*1。極端にいうと、「マイナスをゼロに持ってくる」イメージ。
一方で「価値」というと、より積極的に「ゼロをプラスに変えていく」というイメージを、わたし自身は感じます。その結果、よりポジティブな印象を与える「価値」が、好んで使われるようになったというのはあるかもしれません。
2. 価値・品質 包含説
品質は価値の一部分ではあるけれど、そのすべてではない、という捉え方です。
品質には価値があるけれども品質だけで語れない価値があると思っています。
— あきやま🚵♀️ (@akiyama924) 2024年3月16日
「品質=価値」ではなく
「品質⊂価値」かなと思います。
秋山さんは例として
牛丼屋の、早い・安い・うまいの「早い」は価値だと思うけど、品質(商品やサービスの特性)ではないと思います。
とおっしゃっています。わたしは「早い」はサービス品質の一つだと解釈するので、ここは意見の分かれるところです。
ではわたしは、品質以外で何を、牛丼屋の価値と考えるのか。たとえばですが、
- いつ行っても、期待した通りの品質のモノが供されるだろうという信頼感
- どんな時刻でも、行けばご飯が食べられるだろうという安心感
があるでしょうか。うーん、これもサービス品質ですかね?
またJaSST後の懇親会で、とあるサービスのベンダとそのユーザ、お二人の会話を聞いていて感じたのが、
「このベンダは、自分たちユーザの要望をバックログリストに載せている」 という「実感」
もまた、価値の一つであるということです。これはサービス自体の品質でも、サポート自体の品質でもないのですが、ユーザを惹きつける要因だと思います。
別の例としては、一部のクレジットカードの、「持っていること自体がステータスになる」という特性は、クレジットカード自体の品質とは無関係の「価値」であると感じます。持ちたいとは思いませんが。
3. 価値・品質 因果説
品質が価値につながる、という解釈です。
備わっているものが品質で、届くものが価値とも言えそう。←ブレインストーミング
— あきやま🚵♀️ (@akiyama924) 2024年3月16日
身近な例だと、果物の「糖度の高さ」は品質で、「甘くてうまい!」が価値、ですかね。
「品質が価値につながり、その価値が顧客満足につながる」というのは、わかりやすい流れに思えます。
ただし、以下の3点に注意する必要があります。
同じ品質でも、ユーザが感じる価値は異なる
果物に「甘い」を求めていない消費者にとっては、糖度が高くても「うまい!」とはならないですよね。
品質が同じでも、価値が同じとは限らない。「開発側がユーザ目線でテスト」するにも限界があり、最終的にはユーザに聞くしかない、となります。
すべての品質が価値につながるわけではない
牛丼屋の例でいうと、食器をメチャクチャ高級なものにしたところで、顧客価値は上がらないでしょう。
ソフトウェアでいうと、たとえばソースコードの複雑度を下げれば、いわゆる内部品質が上がったことになりますが、顧客の価値が直接上がるわけではないでしょう。
もちろん、コードの複雑度が下がる→保守性が上がる→コードの変更の難易度が下がる→新規機能やバグフィックスがより容易に行える→ユーザに新機能やバグフィックス版を迅速に提供できる→ユーザは嬉しい という間接的な因果関係はあるかもしれません。
価値につながるのは品質だけではない
これは包含説と同じ話ですね。
ただ、「品質以外で価値につながるもの」が、わたしには今のところ「プロダクトやその提供者への信頼感」「ブランド」みたいなものしか思いついておらず、もう少し考えたいところです。
みなさんはこれらの3つのうちどれが、品質と価値の関係に近いと思いますか?
アジャイル・スクラムの原点では?
『アジャイルソフトウェア開発宣言』にも「価値」という言葉が出てきますが、これは顧客にとっての価値というより、ソフトウェア開発における価値、と読みとれます。
『スクラムガイド』(2020年11月版、PDF)には「価値」という言葉が何度も出てきますが、その一部は顧客にとっての価値を表し、他のものはスクラムチームにとって価値を表しているようにわたしには読めます。
違うかな?
この辺はあまり書くとボロが出るので(もう出てるか)、この辺にしておきます。
Weinbergに戻る
Weinbergに戻りましょう。
上述のWeinbergの言葉は、以下のように続くそうです。
これは書籍
— Keizo Tatsumi (@KeizoTatsumi) 2024年3月17日
Quality Software Management: Systems Thinking (1991)(ソフトウェア文化を創る1 ワインバーグのシステム思考法(1994)
で書かれたもので、原文は
By "value," I mean, "What are people willing to pay (do) to have their requirements met."
となっています。
品質は誰かにとっての価値である。
「価値」という言葉は、「人びとはその要求がみたされるなら、喜んで対価を支払う(または何かをする)か?」ということを意味している。
こうしてみると、「価値」とはシンプルに、「要求が満たされること」なんですよね。
でもその「要求」は、「人びと」が明確に言語化できるとは限りませんし、仮にできたとしてもそれは不変ではありません。なのでアジャイル開発では、高い頻度で「動くソフトウェア」をリリースして、「要求が満たされること」を確認するんですよね。
なので、「顧客に素早く価値を届ける」というのは、本当は、「顧客に素早く価値(があると自分たちが仮説として考えたもの)を届ける」なのかなーと思ったりもします。揚げ足取りかもしれませんが。
おわりに
もともと「品質っていったい何なんだ・・?」とQAエンジニアみんなが悩んでいたところに、「価値」という言葉も加わり、ますますワカンネー感が広がりました!
追記
その後まとめたワンページサマリーです。
*1:その割には「QAエンジニア」というロールの認知度と印象が急に上がった現象もあり、不思議ではあります・・・。